タイで優秀な管理職はこうして育つ~ 日本人社長が「タイに来て一番うれしかったこと」から考える管理職育成とタイで「管理職が育たない」と言われる理由~

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2026.7.3

タイに進出している日系企業の多くが、長年抱えている課題の一つに「現地管理職の育成」があります。
日本人駐在員が任期を終えた後、タイ人管理職へ業務を引き継ぎ、現地法人を自走できる組織にしていく。これは多くの日系企業が目指す姿です。
しかし実際には、
「なかなか任せられるタイ人管理職が育たない」
「結局、日本人が見ないと回らない」
「管理職候補はいるが、判断や責任を取るところまで育たない」
そのような声をよく聞きます。

私自身、タイで長く会社を経営し、また日系企業のコンサルタントとして多くの現場に関わる中で、この問題を何度も見てきました。
ただし、ここで大切なのは、「タイ人だから管理職に向かない」と考えないことです。
管理職が育たない原因は、本人の能力だけではありません。むしろ、日本人側の育成方法、任せ方、評価の仕方に課題があるケースも少なくありません。

先日、私がコンサルタントとして関わっている企業の日本人社長から、ある資料が送られてきました。
その資料は、同社のタイ人管理職が、自身の出身大学で学生向けに講演を行うために作成したものでした。
日本人社長は、その資料を私に送りながら、「タイに来て一番うれしかったことです」と話してくれました。

私は、そのタイ人管理職の方にも何度もお会いしています。仕事に向き合う姿勢、考え方の変化、成長の過程も見てきました。そのため、その資料を読んだとき、私自身も非常に感慨深いものがありました。

そこにあったのは、単なる仕事のノウハウではありませんでした。
自分で考え、悩み、失敗し、改善し、そして今度は後輩や学生に伝える立場になった一人のタイ人管理職の成長の軌跡でした。

この出来事から、改めて考えさせられました。
タイで優秀な管理職は、偶然育つのではありません。
そして、単に優秀な人材を採用すればよいわけでもありません。
優秀な管理職は、考える機会を与えられ、責任を任され、失敗を経験し、それを乗り越える過程の中で育っていきます。

では、日本人管理者はタイでどのように管理職を育てればよいのでしょうか。
今回は、タイで優秀な管理職を育てるために必要な5つの視点について考えてみたいと思います。

視点① 答えを教えるのではなく、「考える習慣」を育てる

日本人管理者は責任感が強く、部下が困っていると、つい答えを教えてしまいます。
「この場合はこうすればいい」
「前にも説明したよね」
「私ならこう判断する」

もちろん、経験を伝えることは大切です。特に品質、納期、顧客対応に関わる場面では、判断を誤ると会社に大きな損害が出ることもあります。
しかし、管理職を育てるという観点では、いつも上司が答えを出してしまうことは危険です。
部下は、上司の答えを待つようになります。
タイ人社員は、上司を尊重する意識が強い人が多く、「上司の判断を仰ぐこと」が正しい行動だと考える傾向があります。そのため、日本人上司が常に答えを与えてしまうと、自分で考える前に「上司に聞く」ことが習慣になってしまいます。
しかし、管理職に必要なのは、指示を正確に実行する力だけではありません。
自分で状況を整理し、原因を考え、選択肢を比較し、最終的に判断する力です。
その力を育てるためには、日本人管理者が質問の仕方を変える必要があります。
例えば、部下が「どうしたらよいですか」と聞いてきたとき、すぐに答えを出すのではなく、

「あなたはどう考えますか」
「なぜそう思いますか」
「他に方法はありますか」
「その方法のリスクは何ですか」
と問い返してみる。

最初は時間がかかります。本人も戸惑います。場合によっては、期待した答えが返ってこないこともあります。
しかし、この繰り返しが「考える習慣」を育てます。
管理職候補には、答えを与えるよりも、考える機会を与えることが重要です。

視点② 報告だけでなく「提案」を求める

日本人管理者からよく聞く悩みに、「タイ人社員は報告が遅い」「問題が起きても相談してこない」というものがあります。


しかし、管理職に必要なのは、単なる報告ではありません。
例えば、部下が次のように報告してきたとします。
「機械が止まりました」
「お客様からクレームが来ました」
「納期に間に合いません」
これだけでは、情報を伝えているだけです。

もちろん、悪い情報を隠さずに報告することは大切です。しかし、管理職を目指す人材には、そこから一歩進んでほしいのです。
管理職候補には、次のような報告を求めるべきです。
「何が起きたのか」
「原因は何だと考えているのか」
「どの範囲に影響があるのか」
「解決策は何通りあるのか」
「自分としてはどの方法を選びたいのか」

つまり、問題を持ってくるだけではなく、解決策の候補も持ってくる習慣です。
日本人管理者は、報告を受けた瞬間に自分で判断してしまいがちです。しかし、それでは部下はいつまでも「報告する人」のままです。


管理職として育てたいのであれば、
「それで、あなたはどうしたいですか」
「どの案が一番よいと思いますか」
「その理由は何ですか」
と確認する必要があります。

もちろん、最終判断は上司が行う場面もあります。しかし、その前段階で本人に考えさせることが大切です。
この訓練を続けることで、部下は徐々に「問題を上司に渡す人」から「問題を解決しようとする人」へ変わっていきます。
管理職とは、問題を見つける人ではありません。問題を整理し、解決へ向けて人を動かす人です。
その意味で、報告だけでなく提案を求めることは、管理職育成の基本だと考えます。

視点③ 失敗を責めるのではなく、失敗から学ばせる

日系企業、とくに製造業では、品質や納期に対する要求が非常に高くなります。
そのため、日本人管理者は「失敗させないこと」に意識が向きがちです。

事前に細かく確認する。
ミスが起きないように指示する。
問題が起きそうなところは上司が先回りする。
これは会社を守るためには必要な管理です。
しかし、管理職育成という観点では、失敗を完全に取り除くことは、必ずしも良いことではありません。
なぜなら、人は失敗を通じて判断力を身につけるからです。
もちろん、重大な品質事故、法令違反、安全上の事故を許容するという意味ではありません。会社として絶対に防がなければならない失敗はあります。
しかし、小さな判断ミス、提案の失敗、計画の甘さ、数字の見通し違いなどは、管理職候補にとって大切な学びの機会です。
重要なのは、失敗した後の対応です。
「なぜこんなことをしたのか」と責めるだけでは、社員は次から挑戦しなくなります。

一方で、
「何が原因だったのか」
「次に同じことが起きたらどうするのか」
「今回の経験から何を学んだのか」
と振り返ることで、失敗は成長の材料になります。

タイ人社員の中には、上司から強く叱られることを非常に恐れる人もいます。失敗を責められる環境では、問題を隠したり、判断を避けたり、上司に丸投げしたりするようになります。
その結果、管理職は育ちません。
本当に育つ人材は、失敗しない人ではありません。
失敗した後に考え、改善し、もう一度挑戦できる人です。
そして、そのような人材を育てるためには、日本人管理者側にも、失敗を成長へ変える関わり方が求められます。

視点④ 成果だけでなく「成長の過程」も評価する

管理職は一朝一夕には育ちません。
最初から完璧に判断できる人はいません。最初から部下を動かせる人もいません。最初から数字で説明できる人も多くありません。
だからこそ、管理職育成では、最終的な成果だけでなく、成長の過程を見る必要があります。
例えば、ある社員が改善提案をしたものの、期待した成果が出なかったとします。

そのときに、
「結果が出なかったから評価しない」
という対応をすると、その社員は次から提案しなくなるかもしれません。

一方で、
「着眼点は良かった」
「数字の見方は前より良くなった」
「次は実行計画をもう少し具体化しよう」
と伝えれば、社員は改善を続けることができます。
もちろん、企業である以上、成果は重要です。成果を出さなくてもよいという話ではありません。
しかし、管理職を育てる過程では、「今どれだけできているか」だけでなく、「以前と比べて何ができるようになったか」を見ることも重要です。
特にタイ人社員は、上司から認められているかどうかを非常に敏感に感じ取ります。
自分の努力や成長を見てもらえていると感じれば、モチベーションが高まります。逆に、結果だけを見て否定され続けると、「この会社では成長できない」と感じてしまいます。
管理職候補を育てるためには、評価の中に次の視点を入れるべきです。

考える力は伸びているか。
報告の質は上がっているか。
部下への関わり方は改善しているか。
失敗後の振り返りができているか。
以前より責任を持てるようになっているか。
成果と成長。

この両方を見ることが、タイ人管理職育成には欠かせません。

視点⑤ 最後は「任せる勇気」を持つ

タイで管理職が育たない会社には、共通点があります。
それは、日本人管理者が仕事を手放せないことです。

品質が心配。
納期が心配。
お客様対応が心配。
部下に任せるより、自分でやった方が早い。

この気持ちはよく分かります。
特に日本人駐在員は、本社から結果を求められています。現地で問題が起きれば、自分の責任になります。そのため、どうしても細かく確認し、最後は自分で判断したくなります。


しかし、それではタイ人管理職は育ちません。
管理職は、責任を持って初めて成長します。
任されなければ、判断する経験ができません。
判断しなければ、責任を感じることもありません。
責任を感じなければ、本当の意味で管理職にはなれません。
もちろん、丸投げはいけません。


任せる前には、目的、期待する成果、判断範囲、報告のタイミングを明確にする必要があります。途中で確認することも必要です。必要な場面では支援も必要です。
しかし、最後は本人に任せる。
この経験が、「自分でやり切った」という自信につながります。
人は、信頼されて初めて責任を持とうとします。
日本人管理者が本気でタイ人管理職を育てたいのであれば、どこかの段階で「任せる勇気」を持たなければなりません。

優秀な管理職が育つ会社と育たない会社の違い

優秀な管理職が育つ会社には、共通点があります。
それは、社員に「考える機会」「提案する機会」「失敗から学ぶ機会」「任される機会」があることです。
一方で、管理職が育たない会社では、上司がすべて答えを出してしまいます。
部下は指示を待ち、報告だけをし、失敗を避け、責任を取らないようになります。
これでは、優秀な実務担当者は育っても、組織を動かす管理職は育ちません。
管理職とは、単に勤続年数が長い人ではありません。
日本語が話せる人でもありません。
上司の指示を忠実に実行する人でもありません。

管理職とは、自分で考え、判断し、責任を持ち、部下を育てられる人です。
そして、そのような人材は、自然には育ちません。
日々の仕事の中で、意図的に育てる必要があります。

最後に~現地化とは「日本人の代わり」をつくることではない

今回、日本人社長が「タイに来て一番うれしかったこと」として送ってくれた資料を見て、私は改めて、タイ人管理職育成の可能性を感じました。
その資料には、一人のタイ人管理職が、自らの経験を通じて学んだことを、次の世代へ伝えようとする姿がありました。
これは、単に一人の社員が成長したという話ではありません。
会社の中で育った人材が、今度は外に向けて、自分の言葉で仕事の意味を語れるようになったということです。
私は、ここに現地化の本質があると思います。
現地化とは、日本人駐在員を減らすことではありません。
日本人の代わりにタイ人を配置することでもありません。
本当の現地化とは、タイ人管理職が自分で考え、判断し、責任を持ち、さらに次の世代を育てられる状態をつくることです。
そのためには、日本人管理者自身も変わる必要があります。
「教える」から「考えさせる」へ。
「管理する」から「任せる」へ。
「失敗を責める」から「改善を促す」へ。
「成果だけを見る」から「成長の過程も見る」へ。

タイで優秀な管理職は、偶然には育ちません。
しかし、適切な機会と信頼、そして継続的な関わりがあれば、必ず育ちます。
日本人社長が感じた「タイに来て一番うれしかったこと」は、決して特別な奇跡ではありません。
それは、日々の育成の積み重ねが形になった瞬間だったのだと思います。
タイで組織をつくる私たち日本人管理者にとって、これほど大きな希望はないのではないでしょうか。
今日のブログが皆様のお役に立てば幸いです。

執筆者:前田千文

2001年1月、TJ Prannnarai Recruitment創業。2015年より泰日経済技術振興協会にて労働法の講師を拝命。2025年7月、アベノ印刷の2代目社長に就任。

ウェブサイト:
https://tjprannarai.co.th/